新卒から教育に関わり9年間、そこで培われた私の「教育理念」。それが「脱奴隷」です。
幸い現代日本に奴隷制度はありませんが、教育の仕事を通して、ああ、世の中奴隷だらけなんだなぁ、と思ったんですね。
ここで言う、「奴隷」とは。
自分の意思ではなく、誰かによって動かされている者のこと、と定義します。
よく人を奴隷にしている筆頭が、「みんなが」という言葉。
「みんなが勉強しているから勉強する」
「みんなが大学に行くから大学にいく」
「みんなが就活をしているから就活する」
「みんなが就職するから就職する」
「みんなが働いているから働く」・・・
そこに自分の意思はなく、「みんながやってるから」やる。
「みんな」というのは本当にみんななのか、などツッコミどころは満載ですが、
多くのひとがこの見えない「みんな」の奴隷なんですね。
そしてなんだか、息苦しくなるのです。
まさに「みんなが就職するから」という理由で就職することを決め、なんとなく大学受験塾に就職し息苦しい生活を送っていた私。
「みんなが大学に行くから」という理由で「いい大学に行かなくちゃいけない」ともがく高校生たちを見てきました。
働きたくもないのに働いて、苦しむ自分。
勉強したくないのに勉強して、苦しむ高校生。
自分も、生徒も、気づけば奴隷でした。気づけば奴隷大国日本。
自分でどう生きるか選ばないと、誰かから生き方を選ばされてしまう。
気づけば誰かの奴隷になる。
そんな風に世の中はできています。
そこから抜け出そう、ということで「脱奴隷」を軸に、生徒を指導してきました。
自分でどう生きるか選ぶためにはどうしたらいい?
どうやって生き方を選んでいったらいい?
そんなことを生徒に伝え続ける中で、自分自身は、自分の人生を、自分の頭で考えられるように変わっていくことができました。
今は、みなさんが、自分自身を「奴隷解放」するサポートをしていきたいなと考えています。
そんなことを考えてる中で、「リンカーンは極悪人だった」という倉山満先生『嘘だらけの日米近現代史』を読み返し、ふと、このブログの名前を思いつきました。
「奴隷解放」を推進するブログ。「奴隷解放宣言」や。リンカーンや。
ということで、ブログの名付けについてのお話をする、記念すべき第1話となります。
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